国と都などからの給付金への感謝

いよいよ緊急事態宣言が明けますね。再始動します。

まず、飲食業に関わる身として、昨年から今年。全く予想を超えすぎている状況の中、政府や都からのサポートのおかげで給与だけは何とか満額支払うことができていています。これは本当に感謝しかなく、まさか事業を始めて、国や都にお金を頂けるなんて全く考えもしていなかったので、幸せに感じています。

事業というものがなくなる怖さはありますが、何よりも雇用を守ることというか、スタッフの生活を出来る限り揺るがさないということが目標でした。

当然内部留保金として存在していた3千万ほどは消えてなくなりました。要するに余裕あるお金は無くなりました。が、給付金などでスタッフを守ることはできた。

それが僕のコロナ時代、初年度の成果であり、成功です。

正直、今後の事業というか、スタッフの将来を抱えていけるのかの不安はあります。

ただ、この1年でスタッフと対話してきた限り、怪我の功名というかスタッフの経営者意識はみるみる向上しています。これは生きていく不安からの意識向上。

僕が与えたものではありません。ジャングルにいれば、おのずと野性的な生き方になったりイタリアにいればイタリア語を話せるようになる、そんな感じです。

そういう意味で、これからは雇用していくという意識ではなく、一緒に事業を作っていくパートナーとしてスタッフを見ていきたいと思っています。

お金はなくなったけど、こうした意味ではコロナでしか得られない成長もあり、考えることが全く変化した1年だった。その中での雇用を守れた!ということは本当に嬉しい事実です。

hottokenine事業にて、困窮家庭への弁当配達を1か月続けてみたり、子ども食堂とコラボして、お肉や野菜・ピッツァ・御餅などを配達したり。

お金を寄付するだけじゃなく、お弁当を仕込んで作って、八百屋さんと相談して野菜を仕入れて、自転車や歩いて配達まで行う。

全てのボランティア活動を体験してみて、自分や家族、仲間など色んなことを考える機会になりました。これはスタッフと話しても同様です。どうしても今の自分たちしか見えないところ、この事業に参加したことで、客観的に自分を見ることができた。

同時に、見えないところで、知らない人々を救おうと、無償すぎる愛情で人生を送っている人たちがたくさんいるってこと。

その現実に胸を打たれる。

だから1日だけじゃなくて、1か月間毎日弁当を配達したり、継続的な支援を決めている。それこそ、ただの寄付じゃなく、僕らができることじゃないかって。

話をオケイに戻そう。

実はオケイでも人は辞めています。このコロナの中でそういう意味での移り変わりはあるんです。また、出店もしました、月島で酒場961というお店を黒井がやってくれています。新橋という場所だけでやってきた自分たちは、ほかのエリアへの分散が必要だと判断しています。

そういう意味でひとが変わり、店が変わっていく状況です。

だから、今までの常連さんが行きたくなるお店が変わってしまうかもしれません。

具体的に言えば、おけい屋には松山も僕も黒井もいない。テルツォオケイには今はいるけど小倉もいなくなる。

でも、16年目になるオケイでは、13名が独立したり、それに関わっている人と言えばもっといる。要するに1年に1人は出店をしていることになる。

だから、人が変わっていくお店で会ったことは変わらないし、このコロナという状況であれば、チャレンジも生まれる。当然ほかのエリアも考えるということ。

新しいスタッフは不安ではあるだろうが、こう話した。

「仮にお客様が減ったとしよう。常連さんが来なくなって。それでも最初はみんなそうなんだから、逆に新しお客様を得ることができたら、今度ももっと楽しいお店になるはず」

自分たちでつかんだお客様!って思えるのが一番幸せだろうし、そもそもこの時代に過去に頼ることができないとすれば、行くしかない!

そういう意味で移り変わりをネガティブに考えず、今目の前にいるお客様を幸せにしてくれることだけを考えていきたい。

そのたいろいろと事業を動かそうとしているのだが、また具体的な場所などが決まればお伝えしていきます。

今、動いているのは以下。

「クラフトビール醸造所の開設」

「障害者施設開所へ」

「新橋以外への出店」

「酒屋ワインショップ開業」

などでーす。

では、明日以降、お店で会いましょう。

あ、今店にいるよーとか、行くよーとか連絡下さい、

顔出したいので!

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