自分が辛くなきゃ誰も誰も幸せにできない

情熱や強い夢で動く人生もあると思う。

自分にそんなに情熱や強い気持ちがあったのか。
今目の前で動いてくれるスタッフや仲間たち、周りでどんどん独立していく人たちの何かに対する
自分より若い人の情熱を見ていて、自分と比べてしまう

自分にそう言った情熱があったのか、もう忘れつつある。
いや、そういうとなくなったように聞こえてしまうなー

そうではなくて、日々塗り替えられていて、今がブルンブルンなっている部分もあるので
小さかったような、そんなになかったんじゃないかとか、そう思ってしまう。

オープンした時は、自分が一番頑張っているような気分にもなるし。
それから時を積んでいくと、それがいかにしょっぱい話か分かる。

どんどんやっぱり年月重ねている人たちがすごいなと。

時間はいろんなものを生んでくれる。
財産もそうだし、友人、家族、夢や知識、無数なことを得られる反面
すべてを失うという反面もある。

時間が僕らを豊かにすることは間違いなような気がするが、
それをどう使うか。

ただ、一つだけいえるのは、何かを続けていくことに
楽しいことだけがあるとは言えないこと
むしろ、人より楽しかったり、幸せだったりすることは
実は、辛さやさみしさ孤独。
そんなものの中にしかないと思う。

どんなお店でもそういう孤独を持つオーナーがいて
言葉でいえることは限られていたり。

それを伝える場所もなくなったり。

だから幸せなことをより強く幸せだと感じたりする。

自分も僭越ながらその一人に入れてもらえそうだ。

楽しいことは楽じゃない。

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