okei 10th 7

10年という歳月がもたらした、感動的な支援。

10周年という企画が頭の中に少しずつ形になればなるほど、
お金がちらつく。
当然。多くのお金がかかることが想定されていた。
当然、この性格なのでそんなのは無視して推し進めていくのだが、
さすがに数百万という赤字が想定されていくので、大体にして可能なことなのかが
不安になる。

それでも10年という節目であり、自分の中で飲食上がりではない自分がやっていく時間として
10年という歳月はあまりに長く遠かった。

通過点ですぎないなんて言葉が世の中にあるのだろうが、僕にはほぼゴールというか。
いや、ゴールなんてなくて、ただただ雲の上の期間だった。

だから10刻みの年はもう来ないと思い、今やりたいことを必死に考えたのだった。

ただのワインを置くつもりはなかった。
自分の好きなワインだけを置く。
それは愛情あふれるワインたち。
その生産者まで呼ぶプランを考えたがそうはうまくいかなかった。

1か月ほど交渉してもドコもOKが出なかった。
それはそうだよなーだって日本のこんな小さなお店のために日本に来るなんて人はいない。
諦めかけていたのに、1社決まった。
嬉しかったー。
9月すぎてまたも一社ほぼ確定。
最後にもう1社で合計三社になった。

この時点ではその経費はどうなるのかなど決まっていなかった。
気持ちで来てくれるということだったので、気にしてなかったが
やはりどこかでお金がかかるので怖かった。

回が迫る中で決まっていく彼らの僕に対する愛情は本当に感動的だった。

僕のためだけに来日してくれた3社は僕に何も求めなかった。
ただ愛情だけで来てくれた。

それだけじゃない

僕のためだけに瓶詰めしたSpecialワインを作ってきたもの。
前乗りして、okeiでご飯を食べてくれたもの。
あいさつに来てくれたもの。

何よりも会場で扱うすべてのワインを協賛してくれた。

同じくキリンビールも当日のビールを全て協賛してくれた

これは僕が会場費がかかって、どうやっても赤字になることをしって
共に歩もうという心意気だった。

愛情ある、この心のある協賛はあの会場を温めてくれた。

お金じゃない。
本当にあのフェスを共に成功させようという営業の心意気だった。
形がどうなるかは、僕しか知らなかった。
彼らは僕と心中することを選んだ。

それを酒屋も納得して、無償で人を派遣してくれた。

仕事とは何だろうか。
僕はこの10年仕事をしてきたのか。
何をしてきたんだろうか。

わからない。
ただし、作り上げた空間がその答えを教えてくれた。

お金が絡んだ関係でしかなり得ない、
豊かな関係。
真剣にやりあった仲間でないとなしえない空間。

これは大人になると仕事しかないのではないか。

僕の仕事はそんな仕事。

10thで僕の仕事はより明確になった。

楽しい仕事をすることだ。

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