okei 10th anniversary FESTIVAL

今日からこのブログを再開すると決めていた。
この1年、このブログと向き合うことができなかったが、10thを前にそう決めていた。

言葉で綴ることの意味をやっとまた感じることができた。

12月9日に10周年を迎えた。
12日にパーティをして想像をはるかに超える550名以上は参加してくれた。

このブログに再三と書かれてきた10年という数字。
僕はこのお店を出す前に10年後に見える風景を楽しみにしていた。

続けられるかどうかよりも、10年後の自分に会うのを楽しみにしていた。
だからこのブログを書き始めた。
自分に会うために。
だからこの1年、このブログを書けなくなった自分は、置いといて
最初から読んでいた。
10年どう思ってきたのかを。

自分がやりたいものは何なのかを自問自答しながらの1年。

答えはシンプルだった。
僕は無力。
だから、人と一緒に過ごしたいし、人が関わってくれることが一番の幸せだと。
仮に僕が料理を出来たら、今の自分ではないし、それが今よりいいかどうかはわからない。
でも、今言えるのは一つ。
料理ができなかったことを、前向きにとらえ、だからこそ、多くのスタッフに頼り生きていく覚悟ができた。
そして、サービスマンという意識と同じほど、その料理人や同じくサービスをしていくものへの
リスペクトを努力せずにできた。

自ら生んだ言葉もできた。

スタッフ満足度=顧客満足度
楽しいことは楽じゃない。

この2つでokei10thのFESTIVALは始まっている。

僕がいかに楽しめるかを8周年が終わりずっと考えていた。
2年間の構想は計り知れなかった。
出ては消える企画は無数。
誰にも相談できるわけでもなく過ごす毎日に苦痛しか感じない。
でもそれすら感じないくらい10thに力を注ぎ切っていた。

何のためにやるのか。
それは10年間の自分に見せるためだった。

10年でかかわったすべての人と作り上げるFESTIVALが
やるべきことだった。

この2年で会社をどれだけ良い環境にするかを考えた。
待遇や環境で辞める会社である要素があるのならできるだけなくしたい。
それは自分の給与や待遇なんてどうでもよくてただただスタッフだけのことを考えた。

給与やお休みなど。
出来てないこともある。
ただその姿を見せた。

同時に楽しいことは楽じゃないと伝えた。
今回の看板などすべてを印刷ではなく、社員で行った。
これをやらなければ何も伝わらないから。
料理も卒業生と現okeiスタッフでやってもらった。
卒業生であっても僕は幸せにする責任がある。

ココでしか味わえないものを全てやってほしかった。

それを効果的に現場でどう配置するか、どう照明を置くか。
その全ては自分がずっと考えてきた。

テーブルの数からネオンやすべて。

その責任は僕にあるから。

そして何よりも今までの全てのスタッフを自慢したかった。
俺はこんなにも多くの仲間がいるんだと、自慢したかった。

そこで小冊子を作った。
これは社員には内緒だった。

卒業生に対しては、熱い何かを伝えたかったし、
夢は叶うって誰かの背中を押したかった。

僕が前に進んだり、後ろ振り返ったり、立ち止まったり。
その全てが誰かが幸せになればいいと思ってやっている。

無力な自分でもできていることを見せることが何かになると思っている。

会社としてのスローガンは

人生の豊かさを高めることができるかどうか。

その一部にokeiがなれるかどうか。
それが会社の全て。

参加してくれた 広沢タダシさん、アンビーちゃん、RONRONさん、永井さん、ワイン作り手さんたち。
そして多くの関係会社の皆さま。

全ての人たちに感謝しています。
彼らがいなければこの会は成立していないし、奇跡のFESTIVALは出来なかったから。

一人一人についてはまた書きます。

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