菅さん最後の日でした

今日は菅谷忠由さん。
通称菅さんがokeiを退社する日でした。
送別会は25日に設定されているので大きくイベントをしたわけではありませんでした。
ただ、菅さんがやるお店をみんなで見に行きました。
自分がお店を始めた時もこんな感じだったんだろうか、
不安なんだろうなーとか。
多くのことを考えていました。

僕は多くの仲間に恵まれていた。
今もそうだ。
そしてその仲間は今、彼を応援しているし、
僕が作ったokeiというコミュニティーは当然彼を無条件に応援する。

その気持ちは本当に力強いし、変えられないものとなるだろう。

そんなことを想いながら、僕は、彼を一時見送った。
25日にまた会うであろう、ま、明日も少し顔を見せてくれるようだが。

今日、賄いの時に、少しみんなの前で菅さんとの話をした。
そのことを書いておこうと思う。

思えば、菅さんに会えなければお店自体もなかったなーと。

菅さんがシェフだったお店で中田君と出会い、

ピッツァを彼らに習った。
菅さんは、良くも悪くも下に任せるシェフだった。
人は責任感が無い!とか、いう人もいたが、中田君にとっては最高の上司だっただろう。
だってやらせてくれるんだから。

飲食に入って、そう時間がたたず出会えた最高の出会いだった。

それ以来、出も飲食でなく、何のバックボーンもない自分に
何となくいろいろと話しかけてくれたりしたのが菅さんだった。

途中からokeiで働いてくれた。

沢山衝突した。

グラスを投げつけたこともありました。

それでも一緒にいてくれた菅さんは本当に大人だと思う

菅さんに対して、文句も言いましたし、気持ちが伝わらず
イラついたこともありました
都度ぶつけられた彼だったからこそ、今のokeiがあります。

僕は菅さんをokeiに迎えるに当たり、一つ約束というか、思いを

彼に伝えました。

飲食経験が長い菅さんは、独立という夢をあきらめていました
そんな独立の姿を見て、怖さと現実を見てきたからです
それにより、多くの希望や夢を失い、それがにじみ出てしまっていたように見えていました。
生きるための手段で飲食をやっている。
極端に言えば、もうつぶしは利かないから、この世界でやるしかしょうがないなーと見えていた。

だから、僕からの希望を話しました。
それは新橋のマックの横にあるちょっと高めの喫茶店。
ここで、彼の最終面接として話したのを今でも鮮明に覚えている。

「菅さん、僕はね、okeiに来て、菅さんがお店を持ちたいって言ってくれることが

本当に本当に夢です。そのためには、僕が楽しくお店をやらなきゃいけないし、見本にならなきゃいけない。

それが自分との戦いだし、菅さんとの戦いだと思っています」

そして2年半が経ち、菅さんが独立することになった。

凝り固まった翼を失った菅さんに翼が見え隠れし始め、羽ばたいていきます。

今までは、同じ店にいても、考え方をすり合わせたり、
温度が違うことを怒鳴りながら伝えてきたのが菅さんへ対しての僕でした。

それだけじゃなく、ふーみんや中田君、田上君と独立した人たちの気持ちや
働いてくれていた仲間たちの気持ちや、大きなパワーをもらったお客様たちによって
ゆっくり、溶けだした気持ちが開花したんだと思う。

あの時の菅さんと僕が同じ年になる今。

僕はその戦いに勝ちました。

そして、また菅さんという大きな矢がなくなるokeiに

新しい矢が舞い降り、多くのお客様の心へ放たれるよう精進する夢もまたできた。

出会いに感謝。

boa sorte sugaya

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