息子より

子供のころの話が聞きたいというお客様がいたので
今日はそんな話をしようかと・・・。

中学に入り、親が離婚したことは知っている人も多いと思う。

その時、一応姉と父と僕で家事の役割が分担された。

僕は部活から帰ったら、とにかく風呂とご飯を炊く。
それが最低限の仕事だった。

ご飯を炊くのが嫌で面倒くさかったが、
背に腹は代えられず・・・。

大好きな全員集合!を見ながら研いでいた。
案の定毎回研ぎすぎて粉のようになった米で怒られた・・・。
でも、まーそれはそれなりに楽しかったような気もする・・・。

不思議とそんな家庭に不服はなかった。
父のことが大好きだったから、何かをしてほめられたかったから。

僕とは性格もすべて違い、本当に厳格な父。
怒られることはあっても、なかなか褒められなかったのに
そういう家庭環境になると、色々とほめてくれたから。

あ、みんなでつけた家計簿もあったなー。

家族の財布を用意して、何か買ったらそこに書くというものだった。

ズルして、何かを買ったこともあったような気もするが覚えていない。

でもそうやって自分もその中枢にいて家庭を作っていく感じは悪くなかった。

その中には楽しくないことや以前書いた義理母との確執もあった。

でも、友人の力も大きく楽しく過ごせた。

今思うと・・・。

本当に父はつらかったと思う。
よくやったと思う。

仕事をしながら、あまりに複雑化した家族。
目の敵にされたこともある。
確執が生じた家族。
延べ何人の親子が存在したのか・・・。

そのすべてを背負って生きているんだろう、今も。

20年くらいそうなんだろうなー。

ぞっとする20年間、何かを背負い、追われ、
誰かにいつも非難される何かを抱え、
しかも、出世して、子供を育て。。。。

いったいどんな精神力があればそうなれたのだろうか。

あの恐怖感すら覚えた父は今まん丸になった。
目もトロント優しく、僕を応援してくれている。

いま彼の最高の人生の通過点。

その時を感じられたことをうれしく思う。

彼がしたいことをすべてさせてあげたい。
今いる新富士での生活を続けたいようだ。
家を買いたいという。

なんとか手助けしたいと思う。

それが僕のできる親孝行かと。

親孝行をしようと自信をもって言えてよかった。

20年間のつらさをすべてこれからの20年にかけてほしい。

息子より

「息子より」へのコメント

コメントはありません

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA